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2010年11月29日 (月)

「龍馬伝」完結記念…なわけはないcoldsweats01

最近読んだ本の中に講談社現代新書の最新刊の一つ「攘夷の幕末史」というのがあります。

簡単に言えば、幕末期の日本人(特に武士)は基本的に全員攘夷派であり、違っていたのは攘夷の方法論ーー大攘夷か小攘夷かーーであって、その違いのために対立が生じて内乱状態に陥った…という論旨で書かれてます。ちなみに、

大攘夷→方便として開国し力をつけたら条約破棄・海外進出(東アジア的華夷思想に基づく帝国建設)
小攘夷→即刻条約破棄・鎖国堅持(…実質不可能)

となります。

早い話が勝海舟も龍馬も近藤長次郎も東アジア的華夷思想に基づく対東アジア侵略主義者(更に飛躍して世界征服論者)。ミもフタもないっすね、そう言っちゃうと。

無二念打払なんてちいせぇちいせぇ。まず開国して貿易して国力(特に軍事力)をつけて、満を持して後、海外へ打って出る。朝鮮・中国も従えて、世界に神国日本の旗を打ち立て覇を唱える。
気宇壮大なのはよろしいが、現代人の目で見たら完全に侵略主義の正当化でしかない。

だから決して(今始まったことではなく)大河ドラマでは描かれない視点であります。朝鮮も清国も平らげて世界に日本の旗を打ち立てるぜよっ!と力む龍馬なんてお茶の間には出せません。

でも……
当時(19世紀半ば)は国連もなければ国際協調主義もない。国によっては未だ奴隷制度が残っていて、あらゆる意味で強い国が弱い国を従え侵略し植民地化することが‘悪’ではなかった。国と国との対等なおつきあい、なんて考え方は無いに等しい時代。そして誰にとっても自分の知る範囲だけが世界であって、自分のいる場所が世界の中心。言語・文化も風俗習慣もちがう国や民族があって、そう言う人たちも自分と同じ人間だという考えもない。誰もが世界のオレ様なのだから、オレ様同士がぶつかれば軋轢は必至。

中華というのは中国(漢民族)だけじゃない。日本も朝鮮も‘小中華’だったんです。
たまたま日本が先に明治維新から文明開化、西洋化と富国強兵に成功したからその後ああいう展開(これは「坂の上の雲」の世界)になったわけですが、もし清か朝鮮が日本よりも先に明治維新のような改革に成功していたら立場は逆になっていただろうとふと思いました。歴史にIfはありませんが、可能性としては十分に。

欧米列強の人間が日本を含むアジアやアフリカ諸国・諸民族を未開で野蛮な連中だと思っていたのと同じように、日本人も欧米人を禽獣に等しい連中だと思っていたわけだから、もうこれはお互い様。
肌の色や目の色が違っても同じ人間だという考えがハナから無かった当時の日本人(だけじゃない…)が自分たち自身を神州だ神国だ、汚らわしい洋夷を入れるなと主張するのを現代人の視点で笑うことは出来ないでしょう。
21世紀の現代でそれをやったら大笑いですがね(政治家だったらまた問責決議案だわな)。

「攘夷の幕末史」の著者は最後に“先の未曾有の大戦も〜幕末の攘夷の呪縛によるもの”として本文を終わらせています。個人的には、なるほど、日本が維新後初めて侵略主義に転じるわけではないんだな、と、腑に落ちてます。その下地は直接的には江戸時代から、さらに長い目で見れば中国と交渉を始めた古代以来の流れにあるんですね…
まさしく過去の時間の積み重ねが現在。現在はどんな過去とも無関係ではないのです。
(あ、前にも同じ事書いたっけ?)

※「龍馬伝」の感想も書こうと思ったけどまたアップが遅れるので次の機会に(いつになるだろう?)

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