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2012年1月

2012年1月27日 (金)

忘れ物

今朝家を出るとき携帯を部屋に忘れ、一日携帯無しで過ごした。

今日のところは致命的なことは何もなかったけど、やはりちょっと不便だった。

まず時計がない。

一番気に入って使ってたスイスアーミーの腕時計が行方不明になって以来、徐々に腕時計をしなくなり、携帯を持つことが当たり前になった今ではすっかり携帯が時計代わり。

(ちなみにスイスアーミーの腕時計をどこでなくしたか−−家の中のどこかに隠れているのか、外で無くしたのかも−−定かでなく、未練だけは残っているものの、探しようがなく今に至る。近年そういう失せもののパターンがちょいちょいある。これも老化現象?)

職場にいる間はPCの時計を見ながら仕事してるし、壁時計もある。外に出ても駅や店には時計があるし、自分がちょっと気をつけてれば問題無し。ただし今日は職場と家の往復+帰りにデパートに寄っただけだから無問題で済んだだけとも言える…

電話帳・住所録が無い。

紙の手帳は持っているけど、家族親戚友人知人の連絡先を記入しなくなって久しい。だから住所録の機能ゼロ。
ツイッターにもミクシイにも入れない。パスワード分からないから、職場のPCから接続することもできない。(職場PCでプライベート用件は極力避けている)

携帯依存度は低いと思っている私でも、ないと不便を感じる。ツイッターをチェックしていないだけで、なんとなく疎外されたような気分を感じている自分がちょっと情けない…ツイッターやって無い人だっているのに。

そして帰宅してツイッターチェックして、初めてMark Realeが亡くなったことを知る。R.I.P.

2009年のRIOT来日公演を見ておいてよかった。そう思う時がこんなに早く来るとは。

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2012年1月 9日 (月)

名曲の引用

ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを8日遅れで鑑賞。

今年の演奏曲は‘引用’が多いなぁ。自分が今まで気がつかなかっただけで毎回やってたかもしれないけど、今回は有名曲の引用が多いから目立つのかな?

1曲目「祖国行進曲」。いきなり「ラデツキー行進曲」の引用。終わり近く、現在のドイツ国歌のサビのメロディを引用。調べてみたらハイドン作曲の同じメロディがかつてはオーストリア-ハンガリー帝国の国歌として使われていたということなので、ここで使われてもぜんぜんおかしくないのだが、知識として持っていないと『えっ?』と感じてしまう。やれやれ。現在の国境線を頭から取っ払わないと歴史は理解出来ない←再確認(しょっちゅうやってる…)

2曲目でも「美しく青きドナウ」のメロディが使われていた。
シュトラウスさんがシュトラウスさんの曲の一部を自分で取り込んでアレンジするのは自作の再利用(?)でどうってことないんだけど、「‘カルメン’のカドリーユ」なんかまんまビゼーの「カルメン」から有名な曲のメロディを持って来てアレンジしましたって感じだ。
こういうのは今よく使われる言葉で言えば‘オマージュ’なんだろうな…。
著作権法的にどうなんだろうとふと考えてしまったが、著作権保護期間はとっくに過ぎてるし、原典が明確過ぎてパクリを云々する余地もない。

本格的なクラシックのマニアから見れば俗な選曲なのかもしれないけど、正直なところマニアでないTV桟敷の聴衆の一人としては、自分のよく知ってる曲がたくさん出てくる方が退屈しないし楽しめる。

チャイコフスキーのバレエ「眠りの森の美女」のワルツもお馴染みの曲だし、アンコールの2曲「美しく青きドナウ」「ラデツキー行進曲」も不動。

ウィーン少年合唱団が登場(1998年以来とか)して合唱付きでポルカをやったり、「コペンハーゲン蒸気機関車のギャロップ」「鍛冶屋のポルカ」では小道具使ったり−−指揮者が発車のホイッスル吹いたり、指揮棒の代わりに金槌2本持ってトンテンカン♪
お約束のバレエ付きの3曲のうちポルカ「燃える恋」はグスタフ・クリムトの‘接吻’が動き出したかのような演出が面白かったheart01

というふうに、演出もいつにも増してヴァラエティーに富んでいて退屈知らず。
そんでも大あくびするお客さんがばっちり映っていて、フォーカスされたおじさんには申し訳ないけど笑えた。カメラさんもイヂワルcoldsweats01

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2012年1月 5日 (木)

清明上河図…待ち時間何分?

「北京故宮博物院200選」国立博物館平成館

ツイートしたとおり、目玉の‘清明上河図巻’だけ、お昼頃には待ち時間210分。24日までの期間限定展示だからかどうか知りませんが、えらい人気です。

絵自体は地味なんですけどね。
解説によると、12世紀北宋・徽宗皇帝時代の伝記不明の謎の画家が描いた中国史上の傑作とされる絵画。
徽宗といえば「水滸伝」に登場する天子で、自らも画家・美術品収集家として名高い文人皇帝。個人的には「水滸伝」のおかげで、宋時代の皇帝で真っ先に名前を覚えたのはこの人でした。
例えば、まんがでも映画でもアニメでもいいけど「水滸伝」を劇化する場合、参考となる歴史資料としてこの絵は絶対外せない第1級品だと思います。宮廷内を描く場合は他の資料が必要になるけど、市井の一般庶民の生活を描くならまずこの絵。

でも特に感動はしなかったなぁ。というより、待ち時間で疲れて美術鑑賞どころじゃないんですよね。
私もさんざん迷ったんだけど、結局意地で見て来たという感じ。
で?だからどうだと言われると、見たという事実しか残らない……

といって3時間も並んでたわけではない。当日限り再入場OK(正門を出たら無効)だから、一旦外に出て、法隆寺宝物館の1Fのカフェでお昼食べて、宝物館を見学して、他の一般展示も適当に流して見て、ミュージアムショップで買物して、それから短くなった列に並んだわけ。それでも、疲れてあくびしながら待ってた。
やっと展示ケースの前に来ても、立ち止まらないで、前の人との間を詰めないで、とうるさく言われながら流れ作業で見るだけ。
これで何に感動するのだろうか…

せっかく門外不出の名品が公開されているんだから、出来るだけたくさんの人に見て欲しい、と主催者側が思うのは当然だから、今回のような対応をするのを、あんな見方じゃどんな名品でも感動のしようがないよ、と単純に批判したくない。したくはないんだけど…もうちょっと他にやり方はないのか、もっとうまい展示方法はないのか、考えてしまう。今回に限らないですけどね。

他の作品はわりと余裕持って見られた。

私のお気に入りはこのへん↓

出水芙蓉図冊(13世紀南宋時代)涼しげな蓮の花の緻密な絵!
黄地琺瑯彩牡丹文碗(清時代・康煕年間/17世紀後半〜18世紀前半)色鮮やかな牡丹の花びらのグラデをイラレで描きたい…coldsweats01
琺瑯器(日本では七宝、西欧ではエナメル)の文様−水色の地に緑、赤、青、黄−がどれも色鮮やかできれい。個人的にこういうビビッドな色遣いが大好きなので楽しい。
青玉紅宝石象嵌稜花洗(清時代)玉で作られた筆洗用の容器。青玉だけど殆ど白に近い無地のお皿の縁の八角菱花の透かし彫りに紅玉と緑玉を象嵌…とてもモダンで中国っぽくない!レプリカあったら1個欲しい…

今回の出展作は書や水墨画が多い気がします。中国史上の大家の作品もあるんだけど、そういうものより上記のようなぱっと見てキレイなものばかり喜んで見てしまうあたり私はまだまだトーシローそのものですな。でもきれいなもんはきれいなんだからいいじゃないさっ、と居直る(←よい子はまねしない)。

微妙で複雑な気がしたのは、‘清朝の宗教’の部。
全体として、清朝が異文化や諸宗教に寛大で、特に皇族・貴族がチベット仏教に帰依していたことを強調していて、中国のチベット支配を正当化するための間接的で巧妙な戦略?と斜めに見てしまった…think
チベット仏教関連の展示作品中には乾隆帝を文殊菩薩に見立てた図があって、これをチベットの人が見たらムッとするのでは…とまた余計な心配を…

公式HPはこちら→http://www.kokyu200.jp/

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2012年1月 4日 (水)

最近読んだ本から

「地震の日本史」(寒川旭著/中公新書)

今年も元旦から大きめの地震があって、自然は正月ものんびりさせてくれないというか、自然に正月もへったくれもないと、あらためて思ったところで、地震考古学の専門家による‘地震で綴る日本の歴史’の感想文。
古代以来の日本で起こった大きな地震の記録や痕跡について詳しく記述しています。

日本じゃ大昔からしょっちゅう地震があったわけだけど、千年単位の歴史年表を見る時の‘しょっちゅう’は、十年単位百年単位かそれ以上のことなんですよね。
安政の東海地震と南海地震みたいに2日続けて起こることもあるけど、その方が例外だと思う。

大きな地震になればなるほど、発生サイクルが長い。一つ大きな地震が起きて、それに連動する次の地震が起きるまで、何年あるいは何十年か、かかる。
だから、たかが50年や100年大地震がなかったからって安心する根拠は全くない。

でも人間って、自分のライフサイクルでしかものを考えらんないよねフツー…
どんなにがんばってもせいぜい100年かそこらしか生きられない。でも地質年代って百万・千万年単位なんだよね…この途方もないギャップが、人間にとって忘却とイコール。

確かに、日常生活で、もしものことばかり考えてたら生きていけない。
それでも、

本当に忘れてはいけないこと=普段は、できれば、考え(たく)ないこと

比較的最近まで海や川だったとか、湿地帯だったとかいうところは地盤が安定していないので、大地震の時は液状化現象の危険性大だそうな。
こういう地形の成り立ちって、昔ながらの名前が地名に残っていればある程度わかるんだけど、町名変更やら市町村合併やらで地名が変わるとわからなくなるのよね…防災セキュリティの面から言っても、安易な地名変更は危険だと思う。
(個人的には地名変更は文化破壊だと思うので、やめた方がいいと思っているんだけど、ここでは話がそれるので突っ込まない)

この本にあるのは日本全体としての話なので、自分の住んでいるところの詳細な情報はまた別に探さなきゃいけませんが、日本に住んでいる限り地震がないところはないと再確認するには十分と思われます。

我が家のあるあたりも古地図で確かめたほうがいいかな…海からは遠いから津波の心配はとりあえずないけど、液状化は十分あり得るぞ。

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2012年1月 1日 (日)

年賀状

Nenga_2012_web


今年の絵柄はちょっと説明必要かな、と…いや自分が説明したいのですcoldsweats01

左下の漢詩。読み下し文は

扶桑を南望す 三千里
頭上驚き看る 北斗の高きを

これは榎本武揚が18才の頃に作ったとされる無題の漢詩(七言律詩)の一部(最後の二句)です。
‘扶桑’とは中国から見た日本のこと。
「榎本武揚から世界史が見える」(臼井隆一郎著)で紹介されていたのを読んで以来気に入っていたのだけど、今回思い切って(やや強引なこじつけで)使わせてもらいました。

「榎本武揚から〜」の著者は榎本武揚を‘日本全体を北から見る視座を有する稀な日本人’と評しています。
幕臣の一人で、オランダ留学中にプロシアvsデンマーク戦争を観戦し、帰国後の戊辰戦争では幕府艦隊を指揮し、函館で降伏後、明治政府に出仕したという彼の経歴を考えると、薩長の連中とは違う視点を持っているのは自然という気がします。(とにかく、幕臣時代から北方−サハリンとかロシアとか−に縁がある)

北と言えば日本の外ではロシアですが、日本の中では北海道、本州に限れば(おおざっぱに言えば)東北にあたるので、今一番必要な視点ではないかと思いました。
今までの日本にはほとんどなかった視点(明治以来いつも東京からの視点でしか日本全体を見ていない…)であり、これからはそういう−−別の視点から日本を見ることが大いに必要なんじゃないかと思いもしたし、これは私なりの‘がんばれ日本/がんばれ東北!’というエールのつもりなのであります。

といって、年賀状でこういうことを詳しく説明するつもりはないし現実にそんなスペースもない、というわけで、今ここに記す。

ともあれ今年もよろしくお願いします。

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