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2013年5月

2013年5月31日 (金)

Kenさんライヴ余談

昨日の続きです。

小さな会場に年季の入った少数のファン。ちゃんとコミュニケーションしたいということだろうか、通訳をステージに置いてくれたのはいいんだけど、正直、もうちょっとまともに訳して話の出来る人を連れて来られなかったのかと思う。

そもそも英語以前に日本語が不自由な通訳ってどうよ?

的確な日本語、百歩譲って直訳でもいいから普通の日本語に訳して、話し言葉にして伝えられない。雰囲気だけで話しちゃってる場面多し。とにかく必要な日本語が出て来なくて不自由しているのが素人にもわかる。おそまつ。

どう考えてもプロの通訳ではなく、呼び屋か会場側関係者の友人知人で暇のある奴を適当に連れて来た、というレベル。プロを雇うだけのギャラの手当が出来なかったのだろうか。

Kenさんの、会場の皆さんから質問受け付けます、何でも聞いて、という姿勢は大いに結構。

しかし通訳がこれでは……主役たるミュージシャン本人の情報にも精通しているとは思えなかった。

ファンの質問に答えて、URIAH HEEPというバンド名の由来(ディケンズの小説「デヴィッド・コッパーフィールド」の登場人物の名前)を説明するときに、Dickensをディキンソンと聞き取ってそのまましゃべっていた…おいおーい…私もヒアリングは全く自信ないし、ディケンズの小説も読んでないが、HEEPの基礎知識があればこんなんありえないと思う。

中には直接英語で質問してたファンもいた、まったく正解。

結局、ニワカでないなら好きなミュージシャンの母国語くらい(ある程度は)話せるように勉強しとけってことに落ち着いてしまうんだろうかthink

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Ken Hensley Solo Acoustic Live

Ken Hensley。

URIAH HEEPの全盛期メンバーで、担当はキーボード、ギター、ヴォーカル、そして何より数々の名曲を生み出したソングライター。70年代初期にURIAH HEEPとして来日して以来だから40年ぶりの再来日(!!!)。

私がロックを聴き始めた頃、既にHEEPは成功したバンドだったから、いくつか曲を知っていたしそれなりに興味もあったけど、足をとられて(?)完全にすっ転んだのは80年代に入ってから。1973年のライヴ・アルバムを飽きるほど聴きまくり、よりによってそのとき既に鬼籍に入っていたベーシストのGary Thainに魅せられるというタイミングの悪さに涙も出ませんぜ。(だからベーシスト、マイ・ベスト3のうち2人は故人、もう1人はもちろんMETALLICAのCliffcrying

Kenさん(突然さん付け。敬意を表してます)は、そんなHEEPの曲のほとんどを書いていたわけで、音楽面の主導権を握っていたメンバーと言って過言ではないでしょう。ワタクシ的にはどうしても初期からGary在籍時までのHEEPしか興味が持てないが、その時期を通じてKenさんはずうっとHEEPで活躍していて、イメージとしてはHEEP=Kenさんなのだ。

そういう人がライヴやりに来るってんだから、そのニュースを知ったときちょっとばかしパニクった。

しかし正直何をどう期待したら良いのかわからない…HEEPの曲はそりゃやるだろうが、彼はソロ活動もしていたから、そればかりではないはずだ。アコースティック・ライヴだから、出来る曲は限られる…彼ももうトシだし…うんたらかんたら。

当日(5月28日)。

高田馬場AREAという小さなライヴハウスの狭いステージに現れたKenさんは、驚くほど老けていなかった。昔の写真で見ていた彼のイメージそのまま。ちょっとシワはよってるし、眼鏡かけてるけどcoldsweats01 のばしっぱなしの長い髪、真ん中分け。ラフなジーンズ・スタイル。一時期短めにして髪型変えていたが、目の前にいるKenさんはHEEP時代の彼そのままのように見えた。何か不思議…。

そして彼は声も老けていなかった。風邪引いた、とは言ってたけど…少し鼻声っぽかったのはそのせいかもしれない。

セットリストから、私がちゃんと聴いて、よく知っていると言えるのは

July Morning、The Wizard、Lady In Black、Rain

この4曲だけだった。

されど4曲、URIAH HEEPの曲を40年経ってライヴで聴けるとは思わなかった!特にLady In Black、初期のHEEPの曲の中で二重丸どころか花丸付きに大好き、だけどライヴで聴くことがかなうなんて考えもしなかった…う、うれしい。Garyが30才にもならんうちに彼岸へ行ってしまったことを考えると、Kenさんよくぞここまで元気でいてくれた!日本に来てくれてありがとう、本当に感謝しますweep

とはいえ彼ももう70才近く。いくら元気そうでも過大な期待をしてはいけないだろうが、やっぱりバンド連れて来てライヴやって欲しいな…無理しない程度でいいから!

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2013年5月11日 (土)

備忘録:歌舞伎座杮葺落(4月)

先の歌舞伎座閉場あたりから長いことライヴ観てなかったので、杮葺落を言い訳に奮発して、2次販売でチケットゲットした4月興行初日の三部と6日の二部観てきました。

初日は親孝行のため両親の分も。母の希望で「勧進帳」のある三部。

もう一つの演目は「盛綱陣屋」。これは全く知識が無かったが、歌舞伎にありがち(たぶん)な、武士のタテマエ(忠義やプライド)と本音(個人的感情、主に親子や兄弟間の愛情)の板挟みになって、いたいけな子供が犠牲になる話。ストーリーやシチュエーションが知識として頭に入っていないと何をやっているのかさっぱりわからないし、知ってても感情移入しにくく、どうにも感動できない(「寺子屋」なんかも同様)。

「盛綱〜」では犠牲になる子供は自分で腹を切るんだけど、武士の世なら子供をそこまで洗脳するのは簡単だったろうな、なんてミもフタもないことを考えちゃう現代人のワタクシ。

「勧進帳」は誰でも知っている、弁慶出づっぱりの独壇場。弁慶と富樫が質疑応答するシーンは丁々発止と表現していい?得物を使わない立ち回りのような印象であります。

6日は、「弁天娘女男白波」観たくて二部。
武家娘に化けた美形の泥棒が、正体見破られて豹変するところが楽しい。腐女子の喜ぶネタ振りも伝統かしらん。だって歌舞伎は今でこそ由緒正しい‘伝統芸能’だけど、当時は下世話な庶民の娯楽だから、言ってみれば江戸のサブカル。腐ネタと親和性高いと思いますcoldsweats01

二部のもう1つの演目は「忍夜恋曲者」

これも歌舞伎にありがちな‘訳あり(?)美女、実は鬼か化け物パターンのお話。

玉三郎さん演じる滝夜叉姫、父親(平将門)の敵を討ちたい孝行娘(?)のはずだが、クライマックスでは大蝦蟇引き連れた妖術使いになってしまうのは何なんだろうな…これはこれで絵になるし、妖しく奇麗、なんだが。(蝦蟇がちょっとチャチい気もするが)

そういえば歌舞伎の人気演目には仇討ちがテーマの忠臣蔵や曽我物語があるが、美しく凛々しい女性キャラが主役の勇壮な仇討ち話ってあまり聞かないなぁ。私が知らないだけかもしれないが。

下書きのまま塩漬けももう限界。アップします。

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