文化・芸術

2013年5月11日 (土)

備忘録:歌舞伎座杮葺落(4月)

先の歌舞伎座閉場あたりから長いことライヴ観てなかったので、杮葺落を言い訳に奮発して、2次販売でチケットゲットした4月興行初日の三部と6日の二部観てきました。

初日は親孝行のため両親の分も。母の希望で「勧進帳」のある三部。

もう一つの演目は「盛綱陣屋」。これは全く知識が無かったが、歌舞伎にありがち(たぶん)な、武士のタテマエ(忠義やプライド)と本音(個人的感情、主に親子や兄弟間の愛情)の板挟みになって、いたいけな子供が犠牲になる話。ストーリーやシチュエーションが知識として頭に入っていないと何をやっているのかさっぱりわからないし、知ってても感情移入しにくく、どうにも感動できない(「寺子屋」なんかも同様)。

「盛綱〜」では犠牲になる子供は自分で腹を切るんだけど、武士の世なら子供をそこまで洗脳するのは簡単だったろうな、なんてミもフタもないことを考えちゃう現代人のワタクシ。

「勧進帳」は誰でも知っている、弁慶出づっぱりの独壇場。弁慶と富樫が質疑応答するシーンは丁々発止と表現していい?得物を使わない立ち回りのような印象であります。

6日は、「弁天娘女男白波」観たくて二部。
武家娘に化けた美形の泥棒が、正体見破られて豹変するところが楽しい。腐女子の喜ぶネタ振りも伝統かしらん。だって歌舞伎は今でこそ由緒正しい‘伝統芸能’だけど、当時は下世話な庶民の娯楽だから、言ってみれば江戸のサブカル。腐ネタと親和性高いと思いますcoldsweats01

二部のもう1つの演目は「忍夜恋曲者」

これも歌舞伎にありがちな‘訳あり(?)美女、実は鬼か化け物パターンのお話。

玉三郎さん演じる滝夜叉姫、父親(平将門)の敵を討ちたい孝行娘(?)のはずだが、クライマックスでは大蝦蟇引き連れた妖術使いになってしまうのは何なんだろうな…これはこれで絵になるし、妖しく奇麗、なんだが。(蝦蟇がちょっとチャチい気もするが)

そういえば歌舞伎の人気演目には仇討ちがテーマの忠臣蔵や曽我物語があるが、美しく凛々しい女性キャラが主役の勇壮な仇討ち話ってあまり聞かないなぁ。私が知らないだけかもしれないが。

下書きのまま塩漬けももう限界。アップします。

| | コメント (3) | トラックバック (0)
|

2012年12月27日 (木)

思い出し話2012 その2

11月25日ACCEPTライヴ雑感。

一度終わったバンドで、再結成までブランクあるし、メンツも何回か変わっているのに、そういうマイナス要素を殆ど感じない。勤勉でまじめで、やるときゃきっちり仕事するドイツ人…日本人のイメージするドイツを最もよく体現するバンド。それが彼ら。

現在のヴォーカリストはUdoさんじゃなくてヤンキー(合衆国出身、の意、念のため)おやじだけど、それが何?ってくらい端正で重厚で硬派なヘヴィ・メタル。

ちょっと不思議なことに昔は感じなかったAC/DCっぽい部分が今になって感じられるのは私の耳が変わったのか?以前LoudparkでKROKUS見たときにも同じように感じたけど。AC/DCの潜在的影響力が抜群に強いってことなのかしらん?

ミリタリールックが最もよく似合うバンドでもあるな…最新作のタイトル見て、何でドイツ人がスターリングラード?と思ったので、手っ取り早くウィキペディアでググってみた。第2次大戦のスターリングラード攻防戦の詳細を読んで、あまりの悲惨さに気分悪くなりそうになった。それによると−−

『これ以降、ドイツ軍は(中略)決定的勝利を得る機会は二度と来なかった。スターリングラードの敗北は、ドイツ軍がかつて受けたことのない大敗北だった。ポーランド攻略以来の歴戦の精鋭部隊が無残に壊滅したうえ、多くの捕虜を出したこともあってドイツ国民に与えた心理的影響は大きかった。(中略)この戦いは敗北の始まりであった。エル・アラメインの戦いやミッドウェー海戦と共に、第二次世界大戦の大きな転換点となる戦いだった』

史上最大の市街戦…ちなみに民間人の死者約20万だったそうです。

…なるほど、‘スターリングラード’はドイツ人にとっては特別な何かを感じる地名なんだろうな。日本人なら広島・長崎、あるいは沖縄戦だろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年12月26日 (水)

思い出し話2012 その1

更新サボリまくったあげく塩づけ状態の文章を今更公開します。

他にもあるんだけどおいおいアップしようかと…年内駆け込み更新がんば!

9月19日「ベルサイユのばら」展。
連載開始40周年ってことです。もうそんなになったのかとトシを感じるやらなんやら…coldsweats01

初期の頃の原画がたくさん展示されててよかった。
モノクロの原稿はほんとの直筆だけど、カラー原画は精巧な複製らしい(ネームの写植が貼られておらず、原稿に直接プリントされているので。全部がそうではないと思うが…)。

言ったらなんだけど、池田理代子の原画はモノクロの方が見る価値あると思う。描線きれいだし、背景や効果線もほとんど手描きで、変な表現だけど‘きちんと手作り’感があるんですわ。(今は効果線もいろんなバリエーションのスクリーントーンがあるので、わざわざ手描きしなくても済んでしまうからねぇ)

残念ながらカラー原画は、‘カラー印刷用彩色原稿’の域を超えてない。
何故かというと、少女漫画の世界には、見て呆然とするくらい芸術的に美しい彩色原稿を描く人たちがいるので、そういう方々の原稿と較べてしまうと、池田さんのは『きれいに色を付けている』だけに見える。むしろ、アニメ用のカラーイラスト原稿の方が見ごたえあったな。
個人的にグッズを買う気にならなかった理由のひとつはこのへんにあります。ま、単純にデザイン的に食指を動かされるようなものがなかったってのもありますが。クリアファイルはいろんなミュージアムグッズで買い過ぎてしまっているし。

宝塚歌劇のコーナーでは、舞台セットや衣装のデザイン画、アニメのコーナーでは設定画が面白かったです。メイキング・オブ・ベルばら(笑)。

展示物のほとんどが‘おなじみもの’だけに、特別展示のトリビュートイラストは新鮮でした。いろんな作家さんの描くオスカル!あくまでも自分の絵で描く人、オリジナルに近づけようと‘完コピ’に近い絵で描く人、シンプルにラフに描く人、きっちり描き込む人等さまざま…ですが。
完成度では松苗あけみのスイーツ・オスカルheart01がピカイチ。このイラストの絵はがきがあったら買ったかもしれないな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年4月30日 (月)

ボストン美術館 日本美術の至宝 続き

(続くって書いちゃったので続けねばcoldsweats01

‘静寂と輝き’
ここで見られるのは中世水墨画と初期狩野派…おおよそ、応仁の乱あたりから戦国時代の終わる頃までの作品。
一番印象に残っているのは「松に麝香猫図屏風」。それは私が猫派だから?そうかも(すいません)。
麝香猫といっても、描かれているのはほんとのジャコウネコとは全然違う容姿の猫。どっちかというとペルシャ猫のような長毛種なので、当時の日本ではこのテの外来種の猫を称して麝香猫と呼んでいたのかしらん。
これと「松に鴛鴦図屏風」に特徴的なのが、全体は水墨画に準ずる渋い色使いなのに花だけは鮮やかな赤や緑に彩色されていることで、解説によるとこの時期の狩野派の特徴でもあるらしいです。

続く‘華ひらく近世絵画’のコーナーではさらに色鮮やかな屏風絵が。
尾形光琳の「松島図」!波の曲線が素晴らしい。もはや絵画というよりデザイン化された波浪文様という感じ。
対照的に狩野山雪の「十雪図屏風」は淡彩でも殆ど水墨画に近い印象。なんというか、静寂を絵にしたような、雪中の空気の冷たさを感じる絵。
伊藤若冲の「鸚鵡図」…極彩色の止り木の鮮やかさと透明感ある、まるでガラス細工のような白い鸚鵡が好対照。
長谷川等伯の「龍虎図屏風」の龍が、この次のコーナー曾我蕭白の「雲龍図」の龍と較べて、おマヌケに見えてしまうのはご愛嬌?

で‘奇才曾我蕭白’
すいません知りませんでしたこの名前…。
蕭白さんの描く人物はまんがチックな顔で(笑うような絵ではなくても)ひょうきんなくらい。
図録の表紙にもなってる「雲龍図」、大きな八面の襖絵一杯に描かれた龍はド迫力…でも寄り目気味でちょっと笑える。
「風仙図屏風」。池から龍を追い出したらしい?仙人か道士が主人公。黒雲と突風に驚いてひっくり返る2人の男とか草むらの兎のびっくりした顔とかまったくまんがとしかいいようのない表現。黒雲の渦がまるで追い出された龍のしっぽのように見えました。画面から突風が吹いてきそうな勢いのある絵。

私としては上記、戦国以降の作品に充実を感じたなぁ…
もうちょっと続きます(多分)。

http://www.boston-nippon.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年4月24日 (火)

ボストン美術館 日本美術の至宝

既に二週間前の話なので、記憶を辿り図録を確認しながらの思い出話になります。

ちょうど桜の花盛り。
花見とセットで一日国立博物館に‘おこもり’して、里帰りした名作を堪能してきました。
混んではいたけど、故宮博物館展ほどじゃなかった。平日ということもあり、入場制限は特に無し。当日限り出入り自由のシステムを活用すれば時間つぶしも困りません。

プロローグの部‘コレクションのはじまり’で展示されている橋本雅邦の「騎龍弁天」、手が8本あって−まるで観音様−龍に乗っている、ちょっと珍しい?弁天様。色は渋いけど印象は鮮やかで清々しい。

次の‘仏のかたち 神のすがた’。
今回の展示作品の中ではかなり古い方に入る仏教絵画のいくつかは、色が褪せ過ぎている上に作品保護のためか展示室の照明も他より暗めなので、正直何がなにやらよく分からん!のがあって残念。
鎌倉時代の「一字金輪像」の仏様の火炎光背の模様がまるでマーブリングのような鮮やかさなのが際立ってます。

‘海を渡った二大絵巻’
ここでは、歴史の教科書や子供向けの歴史本にも載っていたので個人的には馴染み深い「平治物語絵巻」三条殿夜討巻の実物を初めて拝める…わけですが、これが混み合っててなかなか見られない。
あまり大きなサイズじゃない巻物をガラスケースの低い位置に広げて展示しているので、順番に近くでじっくり見ようと思ったらガラスケースの最前に並ばないとだめなので−−大きな壁画や掛け軸みたいな作品なら、かえって少し離れるくらいの位置の方が見やすいのだけど−−様子をうかがいつつ他のコーナーを先に見て回ってました。午後も閉館時間近くなるとさすがにガラスケース前の人垣の隙間が大きくなるので、ゆっくり見られます。
モブシーンの連続。暴走する牛車や、炎上する邸の大きな炎の描写がみごと。しかし小さい(巻物だから横長だけど天地は30センチくらいしかない)の紙の上に甲冑の騎馬武者・徒武者、貴族から従者女官まで入り乱れて細かく描かれているのでほんとにそばに行ってよーく見てみないと何が描かれているのかわからんかった。逆に言うと、実物を見てこその、ある意味‘発見’があります。

※アンケートにも書いたけど、違う展示方法はないものか?考えて欲しいなぁ…ガラスケースの上部に複製?を展示してあるけど、実物がそこにあるのにコピー見てもしょうがないので、あれは単なる絵巻のどの場面を展示しているのかという位置を示すためのものだと思う。

もう一つの「吉備大臣入唐絵巻」は、まるで笑えるおとぎ話絵本のよう。平治物語絵巻ほどには描き込まれていなくて、緊張感はありません。平治物語より古い作品なので色褪せが大きく、不鮮明で分かりづらい箇所もあるけど、現代のまんがみたいな人物の表情はわかります。
阿倍仲麻呂の霊に助けられるとはいえ主人公吉備真備がまるで陰陽師のようだ、と思ったら、このお話の後日談が安倍晴明に繋がる、ということが「日本人なら知っておきたい日本文学」を読んで分かった…古典ってまったくあなどれないわcoldsweats01

続きます。

http://www.boston-nippon.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年4月11日 (水)

博物館でお花見を

「ボストン美術館 日本美術の至宝」見てきましたが、レポートは明日以降に。
国立博物館の庭園でお花見♪その写真をちょっとだけ上げておきます。

桜吹雪


20120410sakura_1_2


枝垂桜


20120410sakura_2_2

庭園の池

20120410sakura_5


| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2012年1月 9日 (月)

名曲の引用

ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを8日遅れで鑑賞。

今年の演奏曲は‘引用’が多いなぁ。自分が今まで気がつかなかっただけで毎回やってたかもしれないけど、今回は有名曲の引用が多いから目立つのかな?

1曲目「祖国行進曲」。いきなり「ラデツキー行進曲」の引用。終わり近く、現在のドイツ国歌のサビのメロディを引用。調べてみたらハイドン作曲の同じメロディがかつてはオーストリア-ハンガリー帝国の国歌として使われていたということなので、ここで使われてもぜんぜんおかしくないのだが、知識として持っていないと『えっ?』と感じてしまう。やれやれ。現在の国境線を頭から取っ払わないと歴史は理解出来ない←再確認(しょっちゅうやってる…)

2曲目でも「美しく青きドナウ」のメロディが使われていた。
シュトラウスさんがシュトラウスさんの曲の一部を自分で取り込んでアレンジするのは自作の再利用(?)でどうってことないんだけど、「‘カルメン’のカドリーユ」なんかまんまビゼーの「カルメン」から有名な曲のメロディを持って来てアレンジしましたって感じだ。
こういうのは今よく使われる言葉で言えば‘オマージュ’なんだろうな…。
著作権法的にどうなんだろうとふと考えてしまったが、著作権保護期間はとっくに過ぎてるし、原典が明確過ぎてパクリを云々する余地もない。

本格的なクラシックのマニアから見れば俗な選曲なのかもしれないけど、正直なところマニアでないTV桟敷の聴衆の一人としては、自分のよく知ってる曲がたくさん出てくる方が退屈しないし楽しめる。

チャイコフスキーのバレエ「眠りの森の美女」のワルツもお馴染みの曲だし、アンコールの2曲「美しく青きドナウ」「ラデツキー行進曲」も不動。

ウィーン少年合唱団が登場(1998年以来とか)して合唱付きでポルカをやったり、「コペンハーゲン蒸気機関車のギャロップ」「鍛冶屋のポルカ」では小道具使ったり−−指揮者が発車のホイッスル吹いたり、指揮棒の代わりに金槌2本持ってトンテンカン♪
お約束のバレエ付きの3曲のうちポルカ「燃える恋」はグスタフ・クリムトの‘接吻’が動き出したかのような演出が面白かったheart01

というふうに、演出もいつにも増してヴァラエティーに富んでいて退屈知らず。
そんでも大あくびするお客さんがばっちり映っていて、フォーカスされたおじさんには申し訳ないけど笑えた。カメラさんもイヂワルcoldsweats01

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

2012年1月 5日 (木)

清明上河図…待ち時間何分?

「北京故宮博物院200選」国立博物館平成館

ツイートしたとおり、目玉の‘清明上河図巻’だけ、お昼頃には待ち時間210分。24日までの期間限定展示だからかどうか知りませんが、えらい人気です。

絵自体は地味なんですけどね。
解説によると、12世紀北宋・徽宗皇帝時代の伝記不明の謎の画家が描いた中国史上の傑作とされる絵画。
徽宗といえば「水滸伝」に登場する天子で、自らも画家・美術品収集家として名高い文人皇帝。個人的には「水滸伝」のおかげで、宋時代の皇帝で真っ先に名前を覚えたのはこの人でした。
例えば、まんがでも映画でもアニメでもいいけど「水滸伝」を劇化する場合、参考となる歴史資料としてこの絵は絶対外せない第1級品だと思います。宮廷内を描く場合は他の資料が必要になるけど、市井の一般庶民の生活を描くならまずこの絵。

でも特に感動はしなかったなぁ。というより、待ち時間で疲れて美術鑑賞どころじゃないんですよね。
私もさんざん迷ったんだけど、結局意地で見て来たという感じ。
で?だからどうだと言われると、見たという事実しか残らない……

といって3時間も並んでたわけではない。当日限り再入場OK(正門を出たら無効)だから、一旦外に出て、法隆寺宝物館の1Fのカフェでお昼食べて、宝物館を見学して、他の一般展示も適当に流して見て、ミュージアムショップで買物して、それから短くなった列に並んだわけ。それでも、疲れてあくびしながら待ってた。
やっと展示ケースの前に来ても、立ち止まらないで、前の人との間を詰めないで、とうるさく言われながら流れ作業で見るだけ。
これで何に感動するのだろうか…

せっかく門外不出の名品が公開されているんだから、出来るだけたくさんの人に見て欲しい、と主催者側が思うのは当然だから、今回のような対応をするのを、あんな見方じゃどんな名品でも感動のしようがないよ、と単純に批判したくない。したくはないんだけど…もうちょっと他にやり方はないのか、もっとうまい展示方法はないのか、考えてしまう。今回に限らないですけどね。

他の作品はわりと余裕持って見られた。

私のお気に入りはこのへん↓

出水芙蓉図冊(13世紀南宋時代)涼しげな蓮の花の緻密な絵!
黄地琺瑯彩牡丹文碗(清時代・康煕年間/17世紀後半〜18世紀前半)色鮮やかな牡丹の花びらのグラデをイラレで描きたい…coldsweats01
琺瑯器(日本では七宝、西欧ではエナメル)の文様−水色の地に緑、赤、青、黄−がどれも色鮮やかできれい。個人的にこういうビビッドな色遣いが大好きなので楽しい。
青玉紅宝石象嵌稜花洗(清時代)玉で作られた筆洗用の容器。青玉だけど殆ど白に近い無地のお皿の縁の八角菱花の透かし彫りに紅玉と緑玉を象嵌…とてもモダンで中国っぽくない!レプリカあったら1個欲しい…

今回の出展作は書や水墨画が多い気がします。中国史上の大家の作品もあるんだけど、そういうものより上記のようなぱっと見てキレイなものばかり喜んで見てしまうあたり私はまだまだトーシローそのものですな。でもきれいなもんはきれいなんだからいいじゃないさっ、と居直る(←よい子はまねしない)。

微妙で複雑な気がしたのは、‘清朝の宗教’の部。
全体として、清朝が異文化や諸宗教に寛大で、特に皇族・貴族がチベット仏教に帰依していたことを強調していて、中国のチベット支配を正当化するための間接的で巧妙な戦略?と斜めに見てしまった…think
チベット仏教関連の展示作品中には乾隆帝を文殊菩薩に見立てた図があって、これをチベットの人が見たらムッとするのでは…とまた余計な心配を…

公式HPはこちら→http://www.kokyu200.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2011年8月19日 (金)

猛暑の展覧会めぐり2

続きです。

「ルパン三世展」のあと上野に移動。国立博物館平成館にて「空海と密教美術展」。入場待ち10分でした。混んでるとは思ったけど…やっぱり人の頭ばかり見ることになったか(どっと疲れる)。

背の低いショーケースにおさまって展示されている古文書や小物(仏具とか)は殆どまともに見ておりませぬ。仏像だけはきちんと見ようと決めて館内巡回。

で、ついーとしたとおり、東寺の帝釈天様がとてもハンサムだったので、これだけで元をとったような気分になれてよかった〜〜heart04
ハンサムなどと言っては安っぽくてイカンのですが、この帝釈天様はきりっとして涼しげな東洋的美形でございます。

同じく東寺の兜跋毘沙門天立像がちょっと変わっていて印象的でした。怖い顔をしているのに全体が妙になよやかというか色っぽい(?)不思議な毘沙門天様。前から見るとあまり目立たないけど、後ろ姿は腰をひねったポーズで立っていらっしゃるのがよくわかる。

そういえば奈良の薬師寺の本尊・薬師様の脇侍日光月光菩薩像が腰をひねったポーズで悩ましいのを思い出し、ウィキペディアでチェックしてみる。

「頭部、上半身、下半身がそれぞれ異なった角度を表す「三曲法」と呼ばれるポーズを示す。これはインド・グプタ朝の彫刻様式の影響が、唐時代の中国を経て日本へ伝わったものである。」
…だそうです。

制作年代はおおざっぱに見ればおおむね同じ位(7〜8世紀)なので、この毘沙門天も「三曲法」なんだろうな、たぶん。

続きます(これもたぶんcoldsweats01

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2011年8月15日 (月)

猛暑の展覧会めぐり1

1日に複数の展覧会見るのはやっぱり2件が限界かしら。
今日は出がけに鉄道事故に引っかかって、遠回りしたので都心に出るまで時間がかかったこともあるけど。

まず松屋銀座で「ルパン三世展」。
原作の原画からアニメのパイロット版まで珍しいもんばっかだ(ワタクシ的に)。

モンキーパンチ作の原画…展示作品のうち初期のものは正直あまりきれいとは言えない。特にカラー原画は…少女漫画の突拍子もないくらい美麗なカラー原画を見慣れている目には、全然感心しない出来(昔の大人向け漫画と比較しても意味ないんだけどね、ハイ、わかってます)。色遣いもキッチュというか何と言うか…アニメのセル原画の方がよっぽど観賞用です。
ただ、あの安っぽさがかえってルパンっぽいと言えるのかも。ちなみにカラー原画もモノクロ原画も年代が新しくなるほど完成度が高くなって鑑賞に堪えうるものになってきますが、それでも額に入れて飾っておきたいのはアニメーター大塚康生さんの直筆カラーイラストの方。
あと、カラーイラストの下描きの鉛筆ラフ描きの方が完成版より各キャラみんな目が妙に可愛いのが面白いcoldsweats01

アニメのパイロット版は劇場用とTV用の2つあって、今回会場でお目にかかれるのだが日替わりで上映するので、今日は…あれ?どっちだったか?それはともかく、パイロット版のルパンはどちらも故山田康雄じゃなくて野沢那智(今日見た方)/広川太一郎が声やってたんですね。これは知らなかった!那智さんつったらアラン・ドロンだし、広川さんつったらモンティパイソン(E.アイドル)だもんな。ルパンの声を山田さんじゃなくてこのどちらかがやっていたら…イメージ変わってただろうか?広川さんのも見てみたいからもう1回行くかも。
銭形のとっつあんも、声が納谷さんじゃないし、むしろ明智小五郎(明智…だから、やっぱりアレだよね…)というキャラの脇役みたいな立場なのが微妙。

今回一番面白いのは原作・TVアニメ・劇場用アニメの絵/画が一同に並んでいて比較が容易にできること。TV版もパート1・2・3(会場内で並べて映写しているので一目瞭然)とそれぞれ全然違うし、TVスペシャル版ももうそれこそ毎回絵柄が違うのがよくわかる。
キャラデザイン担当者の好みがきっちり投影されてしまうからなのか?不二子ちゃんが一番絵柄の変わり方が激しい…負けず劣らず五エ門も変わり方が大きいと思う。パート1の五エ門はかなり陰険な目をしていたし、性格も…パート2、3では顔も性格も可愛く純情っぽくなっていくのがおかしい。
絵柄も性格も一番安定しているのは次元でしょうか…パート2が始まったとき、パート1と顔がずいぶん変わったように見えて違和感持ってたんだけど、今になってみると一番変わってないのは彼だったと思う。声もずっと小林清志さんだしね。

でもホント、作品ってのは生きものなんだな。少しづつ変わりつつ洗練され完成されてゆく…(しみじみ)。あ、でも本当の意味で完成されるってことは、多分どんな創作物−−特にこういうサブカルチャー/大衆芸術の場合−−にもないと思います。
洗練と変化があるのみ。良し悪し/出来不出来は別として。
だから人気のある作品はルパンみたいにシリーズ化されて何十年も作り続けられる。それこそ「水戸黄門」のように。マンネリで飽きられるという危険も常につきまといますが。

ファンとして(受け止める側)の自分はどうだろう?最近は少し‘飽’きつつあるかな。TV版には見てない作品もあるしね。
独立した1つの作品として客観的に評価するなら「カリオストロの城」が最高傑作かもしれないですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|