日記・コラム・つぶやき

2016年1月 4日 (月)

年始挨拶2016

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年始挨拶代わりに年賀状のデザインを披露するのも恒例となりました。今回は投函が遅れたのでゆっくりでいいや、と思って油断してたら4日になってしまったcoldsweats01

今年の年賀状はご覧の通りマゼンタインクの消費量が莫大な絵柄。1年に一度のことなので、いちいちインクの消費量を気にしてデザイン考えたりいたしません。

最初に頭の中にあったアイディアを具体化することができないうちに時間がたってしまい、つくづく私ゃデザイナーにはなれないなぁ、と……crying
それより何より。
去年はとうとう年頭挨拶以後1回も更新しませんでした。
下書きはいくつかしたのだけど、ちゃんと終わらせられずに寝かしたまま。書くことが無いわけじゃないです。時間が無いとか忙しいとかの言い訳は一切できません。公私とも一昨年までと比べて忙しくなっているわけじゃない。年のせいにもできませんね。やってる人はやってるんだから。しかしどんどん集中力が無くなってます。
人は人、自分は自分。誰かがやってるからって自分も同じようにできるわけじゃないのも事実だけど…この集中力のなさは何だろう。
自分でも怠惰になってるなぁと思うんですよ。でも解決策が見つけられない。もっと自分に自分でムチ入れるしか無いか。でそのムチの入れ方がわからんという堂々巡り。とほほ。
とりあえず、下書きのまま寝かせてる分から、今更でも修正してアップできるものはしたいと思います。

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2015年1月 1日 (木)

年始挨拶2015

2015_nenga

旧年中はろくすっぽ更新しないまま、また年を重ねてしまいました^^;
今年の年賀状は↑です。年賀はがきを送りたいけど現住所がはっきりしない・わからない等の理由で送れなかった方も多いので、例年のようにここで紹介させていただきます。
市松模様の黒の部分は青海波文様を載せているんだけど…わかるかなぁ?
羊さんの横顔は、フォトショで油絵風のフィルターかけてみましたが、あまりそれっぽく見えない…全然使いこなせてないわ…
このブログも去年は2回しか更新しませんでしたが、不思議と「やめちゃえ」という気にはなってません。
年賀はがきを送るのも当面やめるつもりはありませんが、ネットで連絡が取れても、実際に今住んでいるところとなるとはっきりしない・わからないというパターンも増えているので、ブログで年頭挨拶して年賀状紹介するのも毎年きっちりやろうと思います。

今年もよろしくお願いいたします。

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2014年11月22日 (土)

備忘録:「みなもと太郎が語る横山光輝の作品世界」

久々すぎる更新。これからは年1〜2回ペースになるか…?

去る10月5日開催、「生誕80周年記念 横山光輝」展の一環としてのトークイベント。

大河ギャグ「風雲児たち」のみなもと先生が語る、横山作品の魅力とは?

横山光輝といえば「魔法使いサリー」「鉄人28号」の原作者。子供の頃、TVアニメのサリーちゃんはレギュラーで見ていたし、誰が買ったか知らないがウチには「鉄人28号」の単行本があった。あとアニメで見てたのは「バビル2世」。実写版の「ジャイアント・ロボ」も見た覚えがある。なぜか「伊賀の影丸」とか「赤影」とかの忍者ものはあまり縁がなかった。

小学校高学年になって「水滸伝」に遭遇し、軽いカルチャーショックを受ける。後に「三国志」にころんだ下地はこの時できた。

シンパじゃないがそれなりに横山作品に浸ってきたんだな私も。

配布されたイベント用のテキスト−−みなもと先生発表済の横山作品解説のコピー(←どれも初見)−−に書かれていた一節が腑に落ちた。

よーするに今の日本における「三国志」ブーム(ビジュアル化・キャラクター化まで含む)の火付け役は横山三国志である! うわあ、そうだったのか!

ひょっとして横山三国志がなければスーパー歌舞伎「新・三国志」もなかったかもしれない?

言い過ぎ? でもそれに納得してしまうとこがすごいのかも。百の言葉で理屈こねるより、作品があってその影響力が現存していることが凄さの証明。

お話も面白かったが、テキスト解説読んでもまた楽しい。一粒で二度おいしい、というか、かなりお得な気分であった。

もうひとつ。‘ショタ’なる言葉の意味がやっとわかった。あれが‘金田正太郎コンプレックス’、ショタコンの略だなんて、想像もできませんでしたよ、マジで。

このへん説明すると何とかまとまった駄文がまたまとまらなくなるので無理矢理終わらせてアップする。イベント開催から既に1ヶ月半…(呆)

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2014年1月 1日 (水)

年始挨拶2014

あけましておめでとうございます。

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今年の年賀状はこれ。自分ではあまり気に入ってないけど時間がなくて。

午年のデザインネタを探していたときに将棋の‘左馬’(の駒)に行き当たり、他にいいアイデアもなかったのでこれを採用。

エラそーに蘊蓄披露しているけど、全く知らなかった…という主旨の挨拶文を年賀状の宛名面に印刷してたんですが、途中プリンターが不調に陥りこの部分だけ印刷を断念。人によって挨拶文無しのはがきを受け取ることになるのでここに書いておきます。

ところで去年はとうとう9月以来更新無しで終わってしまった。

ラウドパークのレポもそのうちと思いつつ時間ばかり過ぎてしまい結局手つかず。

ツイッター見てくれれば早いんだけど、ツイッターやってない人も多いからなぁ…

いちおうフェイスブックとは連携させてます。私自身はFBはうっとおしくてあまり馴染めないし使いにくいので、普段の書き込みはTWメインです。

世の中がどんどん世知辛く不寛容で、きな臭くなって来ているように感じる新年ですが、基本的にはあまり暗くなる話は書きたくない。ただ、考えるのをやめたらおしまいだと改めて思う今日この頃であります。

今年もよろしくお願いします!

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2013年9月25日 (水)

何かと踏んだり蹴ったりな連続3連休(泣)

前回の続き書かなきゃいけないんだけど、すっかりやる気無くなってしまってごめんなさい。要するに日光金谷ホテルにはまた泊まりに行きたいということを書きたかっただけなのだ。朝食がイングリッシュ・ブレックファストなのも嬉しかったのだ。また泊まる機会があったらいいなぁ、ということで。

最初の3連休の日曜日(9/15)朝に父が貧血起こして倒れたのがケチの付き始め。
父はもともと神経痛の原因治療のために来月早々頸椎の手術を受けることが決まっていたのだけど、今回の緊急入院はそれとは全く別件で、救急搬送先の病院の担当医師によると胃潰瘍で出血がひどく、もうちょっとで穴があくところだったそうな。手術はしないで済んだけど、輸血が必要なほどだった。

そんなわけで日・月と見舞、次の3連休も土・日(9/21・22)と見舞。父と同じ年の母が一緒なので、電車より車の方がラク、ということになる。
父が以前からめっきり手足が衰えて事実上運転からリタイヤ状態に陥っており、他に免許持ってる奴もいない以上、否応無しにハンドル握る回数が増えたペーパードライバーのワタクシ…coldsweats02
少しは慣れたとはいえ、それでもやっぱり運転する時はドキドキもの。

不思議なことに21・22日は運転すると胃が痛くなるという事態にwobbly
空腹時の胃痛に近い痛みなので、帰宅して食事してしばらくすると治る。で、23日は(母を休ませるため)見舞に行かなかったので、車にも乗らなかったら胃痛も起きなかったという…運転ストレスが胃にクるのだろうか…うーん困った。

さらに。

22日は見舞の帰りに病院近くのファミレスに寄ってお茶したのだが、車庫入れがへたくそなワタクシ、駐車場の空きスペースに車を止めようとして失敗、壁面に車体前部をぶつけてバンパーと右下のライトを破損。帰宅前に販売店に寄ってチェックしてもらったが修理が必要ということで、その修理代の見積もりが7万超ナリ…crying
人的被害がなくてよかったけどイタすぎる。消費税が上がる前にMac買い替えようと思っているのに…ううう。

先週半ばに一般病室に移った父は、連休明けの再検査でHCUに逆戻り、入院期間は少なくとも1週間延長。よって頸椎の手術も白紙に戻ってしまった。

ワタクシのこの秋の行動予定は全く不透明になってしまいましたとさ。

(ラウパは土曜だけでも行きたいんだがまだチケット買ってない…)

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2013年8月17日 (土)

避暑地の思い出(笑)その2

イタリア大使館別荘記念公園の続きです。

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2階、寝室その1。シアン系でまとめられた大使の間。

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寝室その2。こちらはマゼンタ系。子供部屋かな。
寝室はすべて2階で、窓は湖側。ここで昼寝したい、いや泊まりたい…coldsweats01

外から見た印象はこじんまり、なのに、中に入ると広々して見える。特に1階は居間と書斎と食堂がつながっていて視線を遮る柱がないせいか。

現在は実際に生活する場所ではないので、余計なもの−−と言うと語弊があるが、要するに日常生活に使う道具や小物類−−が一切置かれていないから、さらに広くて風通しがよいのは当然と言えば当然なんですが。
(往時を再現するために、ベッドやソファ、食堂の椅子とテーブルとセッティングされた食器、といったものはあります。)

やっぱり夏涼しく暮らすには、家の中に余計なものは置きたくない…って、どこまでが余計なものでどこからがそうでないか。難しいんですけどね。
近い将来大地震が想定される昨今、少なくとも安全上の理由から寝室には出来るだけ(重い)物を置かない方がいいですね。
ううん、世知辛い?話は一時忘れておきたかったんだがなぁ。
続きます。

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2013年8月12日 (月)

避暑地の思い出(笑)その1

1泊2日で日光に行ったのは先月末なのでもう10日経っちゃったわけですが、更に遠い昔のような気がする昨今の酷暑coldsweats02

その時の写真で少し涼んでもらおうと…

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中禅寺湖畔のイタリア大使館別荘記念公園。ここは素晴らしい穴場!未だあまり知られていないので人がわらわらいない、ゆっくり見られる。
インテリアは可愛いし、センスいいし、なにより風通し良くてゆったりしててこんなイイとこで夏休みしてたって羨ましいぞ、往時のイタリア大使(とそのご家族)

ちなみにこれは本邸の居間、湖に面する広縁から眺めた中禅寺湖です。

もうずーっとここでぐうたらしてたかったよぉぉ

続きは明日以降

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2013年8月11日 (日)

残暑見舞っ!

2013

つたないデザインだがアップします。オリジナルははがきサイズ。

水面に睡蓮ならぬシャーベットカラーのガーベラ…

オレンジ色が涼しげでおいしそう(?)だったので。

これ見て少しでも涼しくなってもらえれば幸い。

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2013年5月31日 (金)

Kenさんライヴ余談

昨日の続きです。

小さな会場に年季の入った少数のファン。ちゃんとコミュニケーションしたいということだろうか、通訳をステージに置いてくれたのはいいんだけど、正直、もうちょっとまともに訳して話の出来る人を連れて来られなかったのかと思う。

そもそも英語以前に日本語が不自由な通訳ってどうよ?

的確な日本語、百歩譲って直訳でもいいから普通の日本語に訳して、話し言葉にして伝えられない。雰囲気だけで話しちゃってる場面多し。とにかく必要な日本語が出て来なくて不自由しているのが素人にもわかる。おそまつ。

どう考えてもプロの通訳ではなく、呼び屋か会場側関係者の友人知人で暇のある奴を適当に連れて来た、というレベル。プロを雇うだけのギャラの手当が出来なかったのだろうか。

Kenさんの、会場の皆さんから質問受け付けます、何でも聞いて、という姿勢は大いに結構。

しかし通訳がこれでは……主役たるミュージシャン本人の情報にも精通しているとは思えなかった。

ファンの質問に答えて、URIAH HEEPというバンド名の由来(ディケンズの小説「デヴィッド・コッパーフィールド」の登場人物の名前)を説明するときに、Dickensをディキンソンと聞き取ってそのまましゃべっていた…おいおーい…私もヒアリングは全く自信ないし、ディケンズの小説も読んでないが、HEEPの基礎知識があればこんなんありえないと思う。

中には直接英語で質問してたファンもいた、まったく正解。

結局、ニワカでないなら好きなミュージシャンの母国語くらい(ある程度は)話せるように勉強しとけってことに落ち着いてしまうんだろうかthink

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Ken Hensley Solo Acoustic Live

Ken Hensley。

URIAH HEEPの全盛期メンバーで、担当はキーボード、ギター、ヴォーカル、そして何より数々の名曲を生み出したソングライター。70年代初期にURIAH HEEPとして来日して以来だから40年ぶりの再来日(!!!)。

私がロックを聴き始めた頃、既にHEEPは成功したバンドだったから、いくつか曲を知っていたしそれなりに興味もあったけど、足をとられて(?)完全にすっ転んだのは80年代に入ってから。1973年のライヴ・アルバムを飽きるほど聴きまくり、よりによってそのとき既に鬼籍に入っていたベーシストのGary Thainに魅せられるというタイミングの悪さに涙も出ませんぜ。(だからベーシスト、マイ・ベスト3のうち2人は故人、もう1人はもちろんMETALLICAのCliffcrying

Kenさん(突然さん付け。敬意を表してます)は、そんなHEEPの曲のほとんどを書いていたわけで、音楽面の主導権を握っていたメンバーと言って過言ではないでしょう。ワタクシ的にはどうしても初期からGary在籍時までのHEEPしか興味が持てないが、その時期を通じてKenさんはずうっとHEEPで活躍していて、イメージとしてはHEEP=Kenさんなのだ。

そういう人がライヴやりに来るってんだから、そのニュースを知ったときちょっとばかしパニクった。

しかし正直何をどう期待したら良いのかわからない…HEEPの曲はそりゃやるだろうが、彼はソロ活動もしていたから、そればかりではないはずだ。アコースティック・ライヴだから、出来る曲は限られる…彼ももうトシだし…うんたらかんたら。

当日(5月28日)。

高田馬場AREAという小さなライヴハウスの狭いステージに現れたKenさんは、驚くほど老けていなかった。昔の写真で見ていた彼のイメージそのまま。ちょっとシワはよってるし、眼鏡かけてるけどcoldsweats01 のばしっぱなしの長い髪、真ん中分け。ラフなジーンズ・スタイル。一時期短めにして髪型変えていたが、目の前にいるKenさんはHEEP時代の彼そのままのように見えた。何か不思議…。

そして彼は声も老けていなかった。風邪引いた、とは言ってたけど…少し鼻声っぽかったのはそのせいかもしれない。

セットリストから、私がちゃんと聴いて、よく知っていると言えるのは

July Morning、The Wizard、Lady In Black、Rain

この4曲だけだった。

されど4曲、URIAH HEEPの曲を40年経ってライヴで聴けるとは思わなかった!特にLady In Black、初期のHEEPの曲の中で二重丸どころか花丸付きに大好き、だけどライヴで聴くことがかなうなんて考えもしなかった…う、うれしい。Garyが30才にもならんうちに彼岸へ行ってしまったことを考えると、Kenさんよくぞここまで元気でいてくれた!日本に来てくれてありがとう、本当に感謝しますweep

とはいえ彼ももう70才近く。いくら元気そうでも過大な期待をしてはいけないだろうが、やっぱりバンド連れて来てライヴやって欲しいな…無理しない程度でいいから!

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