歴史

2012年1月 1日 (日)

年賀状

Nenga_2012_web


今年の絵柄はちょっと説明必要かな、と…いや自分が説明したいのですcoldsweats01

左下の漢詩。読み下し文は

扶桑を南望す 三千里
頭上驚き看る 北斗の高きを

これは榎本武揚が18才の頃に作ったとされる無題の漢詩(七言律詩)の一部(最後の二句)です。
‘扶桑’とは中国から見た日本のこと。
「榎本武揚から世界史が見える」(臼井隆一郎著)で紹介されていたのを読んで以来気に入っていたのだけど、今回思い切って(やや強引なこじつけで)使わせてもらいました。

「榎本武揚から〜」の著者は榎本武揚を‘日本全体を北から見る視座を有する稀な日本人’と評しています。
幕臣の一人で、オランダ留学中にプロシアvsデンマーク戦争を観戦し、帰国後の戊辰戦争では幕府艦隊を指揮し、函館で降伏後、明治政府に出仕したという彼の経歴を考えると、薩長の連中とは違う視点を持っているのは自然という気がします。(とにかく、幕臣時代から北方−サハリンとかロシアとか−に縁がある)

北と言えば日本の外ではロシアですが、日本の中では北海道、本州に限れば(おおざっぱに言えば)東北にあたるので、今一番必要な視点ではないかと思いました。
今までの日本にはほとんどなかった視点(明治以来いつも東京からの視点でしか日本全体を見ていない…)であり、これからはそういう−−別の視点から日本を見ることが大いに必要なんじゃないかと思いもしたし、これは私なりの‘がんばれ日本/がんばれ東北!’というエールのつもりなのであります。

といって、年賀状でこういうことを詳しく説明するつもりはないし現実にそんなスペースもない、というわけで、今ここに記す。

ともあれ今年もよろしくお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2011年5月28日 (土)

いろいろ書くことはありますが…

久々に書評兼TV評。TVで大人気の「JIN−仁」原作読んでます。
(連載は終わっているので、文庫版になってから通して読んでいる)
現在放送中のTV版(完結編)と原作の違いが大きくなってきたので、TV版の最終回と原作のそれがどの位違うか気になるけど、とりあえず、TV版も原作も面白い。

TV版は原作と違う部分が巧くいってる。特に主人公・南方先生のキャラが原作とTVではかなり違う、それでいて納得できる。例えば原作の南方先生はあらゆる意味で‘出来過ぎ’…立派すぎると言ってもいい。専門外のことを手がけるのも殆どためらいがないし、歴史に詳しくないと言っているわりに、幕末人士のことをマニア的に詳しい。龍馬の匿名話をきいただけで、勝海舟の身内にあたる学者が佐久間象山だと察知するなんて歴史音痴にはあり得ないと思いますが…?
まあ、原作ではいろんな都合上、説明のかわりに主人公に語らせているだけかもしれないけど。

TV版の南方先生はいかにも歴史音痴の現代人。和宮の名前を聞いても無反応。からくり儀右衛門のことも知らないしグラバーの名前にもあんまりピンと来ていない。さすがに桂小五郎は知っていたねcoldsweats01
原作以上に歴史に関わることにためらいが大きいし、専門外のことには尻込みしがち(それでも結局はやるんだけど…そうしないと話が進まないしな)。素性に関わることを突っ込まれると言葉を濁して笑ってごまかそうとする、優柔不断な煮え切らない態度がちょっとイラっとするけど、わけの分からん状況に放りこまれた今どきの日本人ならこんなもんだろうなとも思う。
しかし、歴史に関わることにためらいがちなくせに、戦場の惨状を目撃して現代人のヒューマニズム−人命尊重主義−を龍馬に対して大声でふりかざしてしまう処は(私の読み終わった巻までなら原作にこういうシーンはない)、最近の出来の悪い大河ドラマを見ているようでちょっと抵抗があった。
原作では元服したての子供である東修介がTV版では普通に大人の長州藩士に設定されていたのも腑に落ちない。龍馬に現代人の‘上から目線’のヒューマニズムをふりかざすより、せっかく助けた命を簡単に捨てられてはたまらないと子供の修介に怒る南方先生の方をやって欲しかったな。
それとも、悲惨な戦場に子供がいるようなシーンはお茶の間に放送するには教育上よろしくないからみたいな理由で設定変えたのだろうか?裏を読んだらきりがないけど、そんな勘ぐりをしたくなるTV版「JIN−仁」の結末がちょっと心配…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2011年1月 2日 (日)

年始の備忘録

今年も代わり映え無く、元旦の昼は天皇杯、夜はウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート。

天皇杯は鹿島の勝ちで順当、でも勝って当然のチームが勝ったので、第三者としては面白くない。
経験や実績の差がそのまま出た結果で、意外性が無いとかジャイアント・キリングではないという点でつまらないという外野の勝手な言い分。試合そのものがつまらないというわけじゃありません。清水もよくやってたと思う(そもそも清水は弱小ではないので結果が逆だったとしてもジャイアント・キリングってことはない…現時点ではむしろうちの組の方が…以下略…)。

ウィーン・フィル。
今年もバレエ付きで楽しませてもらいました。アンコールの定番“美しく青きドナウ”ではライヴでバレエ学校の生徒たち(男の子たちが可愛かったheart01)が踊っていた−−会場内の別室で踊りつつ移動し、エンディングでコンサート会場内に登場する−−ので、少なくともこの曲に関してはコンサート会場とシンクロしてライヴ・パフォーマンスってことがわかります。
でも他の曲のときは会場から距離のある場所で撮影しているので、どうかな…あまり変わりばえのしない話題しか出ないゲストの話より、メイキング・オブ・ウィーン・フィル・ニューイヤー・コンサートでもやった方が面白いんじゃないかしらん。

年末は「龍馬伝」の総集編を不真面目に=部分的にcoldsweats01見てましたが、別に「龍馬伝」だからじゃなくて、うちは昔から日曜の夜はNHK大河を見るし、年末は大河総集編や紅白を見るのがルーティーンになっているだけなんです…他に見たいものやごひいき番組があるわけじゃないしね。
だから物心ついたときからずっと大河を見て来て、中にはつまらないとか視聴率低いとか世間的に評判悪い/評価低いものもとりあえず見続けてきたわけです(えらい?)。

そんなトウのたった大河視聴者(?)にとって幕末・戦国・源平合戦(さもなきゃ忠臣蔵?)のローテーション状態になっている最近の大河はネタ切れの観が強い。お馴染みで手堅く視聴率の取れそうなネタばかりで、チャレンジ精神のかけらも無い。制作発表のニュースを聞くたびに『え〜〜〜〜またですかぁ??』って思っちゃう。去年もそう思ったです、ハイ(次回大河が「平清盛」って…あのさぁ…以下略)。

昔はそれなりにチャレンジしていた(前九年・後三年の役や承平・天慶の乱、太平記や応仁の乱などなど)けど、結局視聴率が取れないから冒険やめちゃったのか?とは思う。
飛鳥時代(聖徳太子)や奈良時代(大仏開眼)など短期集中長時間ドラマ枠では新鮮なネタにチャレンジしてるけど、1年間の長丁場だと間が持たないのだろうか?

お馴染みで新味の無いネタでも、ドラマとして面白ければかまわないので、なんだかんだ言って見続けているのはそれなりに面白いからだと言えるかもしれない。
でもほんとうにそうか?……よくわからない。
どちらかというと、有名歴史キャラクターをどの俳優がどんなふうに演じるかとか新しいキャラクター付けをするのかとか、定説的なイメージをひっくり返すようなキャラを作るのかとか、定説ではサエないキャラをかっこ良くできるかとか…そんな興味の方が先に立っているような気がする。だいたい歴史をもとにしたお話の筋は決まっていて、大きく逸脱することは少なくともNHK大河ではあり得ないから、ストーリーそのものはこれ以上面白くもつまらなくもならないと思うし。
「龍馬伝」も、ドラマそのものが面白いと思って見てたか?少し違うような…

ちなみに「龍馬伝」総集編は、ドラマの総集編というより人気投票(どの回が面白かったか/感動したか?)の結果発表ですね。各部ごとに投票者のコメントや役者のコメント(登場人物所縁の地訪問のVTR)が入って中断される。見る方も作る方もぶつ切りにしないと間が持たないの?番組の作り方としてすごく疑問。
紅白も、NHK側が盛り上げよう盛り上げようと前フリを派手にやればやるほどこっちはドッチラケにしらける。そんなに視聴率とりたいの?昔ほどじゃないにしても、紅白の視聴率はやっぱり高いんだから、普通にいい歌をじっくり聴かせる番組を作ればいいのに、始まる前から面白いぞ楽しいぞ感動するぞ、と押し売りされちゃ、まともに見る気がしなくなります。
私だけかい?

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2010年11月29日 (月)

「龍馬伝」完結記念…なわけはないcoldsweats01

最近読んだ本の中に講談社現代新書の最新刊の一つ「攘夷の幕末史」というのがあります。

簡単に言えば、幕末期の日本人(特に武士)は基本的に全員攘夷派であり、違っていたのは攘夷の方法論ーー大攘夷か小攘夷かーーであって、その違いのために対立が生じて内乱状態に陥った…という論旨で書かれてます。ちなみに、

大攘夷→方便として開国し力をつけたら条約破棄・海外進出(東アジア的華夷思想に基づく帝国建設)
小攘夷→即刻条約破棄・鎖国堅持(…実質不可能)

となります。

早い話が勝海舟も龍馬も近藤長次郎も東アジア的華夷思想に基づく対東アジア侵略主義者(更に飛躍して世界征服論者)。ミもフタもないっすね、そう言っちゃうと。

無二念打払なんてちいせぇちいせぇ。まず開国して貿易して国力(特に軍事力)をつけて、満を持して後、海外へ打って出る。朝鮮・中国も従えて、世界に神国日本の旗を打ち立て覇を唱える。
気宇壮大なのはよろしいが、現代人の目で見たら完全に侵略主義の正当化でしかない。

だから決して(今始まったことではなく)大河ドラマでは描かれない視点であります。朝鮮も清国も平らげて世界に日本の旗を打ち立てるぜよっ!と力む龍馬なんてお茶の間には出せません。

でも……
当時(19世紀半ば)は国連もなければ国際協調主義もない。国によっては未だ奴隷制度が残っていて、あらゆる意味で強い国が弱い国を従え侵略し植民地化することが‘悪’ではなかった。国と国との対等なおつきあい、なんて考え方は無いに等しい時代。そして誰にとっても自分の知る範囲だけが世界であって、自分のいる場所が世界の中心。言語・文化も風俗習慣もちがう国や民族があって、そう言う人たちも自分と同じ人間だという考えもない。誰もが世界のオレ様なのだから、オレ様同士がぶつかれば軋轢は必至。

中華というのは中国(漢民族)だけじゃない。日本も朝鮮も‘小中華’だったんです。
たまたま日本が先に明治維新から文明開化、西洋化と富国強兵に成功したからその後ああいう展開(これは「坂の上の雲」の世界)になったわけですが、もし清か朝鮮が日本よりも先に明治維新のような改革に成功していたら立場は逆になっていただろうとふと思いました。歴史にIfはありませんが、可能性としては十分に。

欧米列強の人間が日本を含むアジアやアフリカ諸国・諸民族を未開で野蛮な連中だと思っていたのと同じように、日本人も欧米人を禽獣に等しい連中だと思っていたわけだから、もうこれはお互い様。
肌の色や目の色が違っても同じ人間だという考えがハナから無かった当時の日本人(だけじゃない…)が自分たち自身を神州だ神国だ、汚らわしい洋夷を入れるなと主張するのを現代人の視点で笑うことは出来ないでしょう。
21世紀の現代でそれをやったら大笑いですがね(政治家だったらまた問責決議案だわな)。

「攘夷の幕末史」の著者は最後に“先の未曾有の大戦も〜幕末の攘夷の呪縛によるもの”として本文を終わらせています。個人的には、なるほど、日本が維新後初めて侵略主義に転じるわけではないんだな、と、腑に落ちてます。その下地は直接的には江戸時代から、さらに長い目で見れば中国と交渉を始めた古代以来の流れにあるんですね…
まさしく過去の時間の積み重ねが現在。現在はどんな過去とも無関係ではないのです。
(あ、前にも同じ事書いたっけ?)

※「龍馬伝」の感想も書こうと思ったけどまたアップが遅れるので次の機会に(いつになるだろう?)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2010年8月 2日 (月)

1/2失業(笑)

今月は仕事が暇だというのでアルバイトの勤務日半減されてしまった…おかげでいきなり今日は在宅。
またバイト探さなきゃ。その前に作品をどうにかせねば。
PCスクールの就職作品ゼミもさいきんサボり気味でさっぱりすすんでいない。
金曜日の夜に求人票見るために久々に学校行ってみたら、ゼミの常連の男の子が自分のポートフォリオを完成させて、自家製本中でした。他人の芝生もとい作品はみんな立派に見える。劣等感weep

暑いのにうっとおしい話はこのくらいで。
たまには本の話でも書こう。

まえまえから未読の方には超がつくほどお薦めしたい「風雲児たち」幕末編最新刊が出たのでこれを機会にちょっと書いとこ。
作者のみなもと太郎氏は昔少女漫画雑誌にも描いていたのでむしろ懐かしい!ってくらいの方なのですがもちろん現役ばりばりです。
「風雲児たち」は幕末を描こうとしてもとをただせば関ヶ原まで遡ってしまった!ところから始まるので、まずワイド版で20巻終了した後現在の幕末編に至って今回最新17巻目刊行となりました。今やっと安政の大獄の渦中。ワイド版からずっと読んでいると‘大河ギャグ’のキャッチフレーズの名に恥じないスケールに圧倒されます。
一番感じるのは…ビジュアルの威力ってすごい!

本作には日本史の教科書にも必ず出てくる重要人物や事件事象も登場しますが、教科書の記述ではさっぱりおぼえられないのにまんがだとすぐ頭に入るのよね…
たとえば林子平なんて教科書記述だけじゃどんな人だったのかイメージがわかないけど、「風雲児たち」を読むと…
姉が藩主の側室なので一応仙台藩士の末席。日本中を旅しながら知識を身に付け同時代の多彩な知識人と交わり、ついでに政治にあれこれ意見したので幕府に煙たがられブラックリスト入り。晩年は不遇…即インプット完了。(いちおうウラはとりましたcoldsweats01

かの有名な「解体新書」の翻訳事業のくだりも、大黒屋光太夫の漂流記も、当事者達がどれほど苦労をしたのかそのジタバタさかげんや悲惨さがよくわかる。蛮社の獄のどーしょーのなさも。

あるいは時代劇によく登場する人物のイメージがひっくり返ることも。
松平定信なんてこれを読むと名君とは思えなくなります、はい。
吉宗も名君じゃないとは言わないけど、晩年やったことはちょっとどうかなーってとこがある。
逆に田沼意次は、考え方が武家社会の倫理基準から外れていたために、悪玉扱いされた理由は分かるけど、現代の眼で見れば単なるワルではない。ちなみに今も続く北方領土問題は、直接的にはこの時代から始まっていたんですねぇ。

それから教科書には絶対出て来ないマイナー人物がいろいろ出て来て大変興味深い。高山彦九郎なんてこれ読むまで全然知らなかった!

高野長英や佐久間象山は頭が良すぎて敵を作る困ったちゃんなおじさんだったらしい、とか、
吉田松陰も頭はいいし正論を言う、でも筋が通り過ぎて困ったちゃんになってしまったらしい、とか。

最新刊では松陰君がどんどん周囲から浮いて行くさまが描かれるのですが、本人は大まじめだからおかしくて悲しい。こうやって寿命を縮めた人が幕末にはたくさんいたんだろうな…。

まんがだからデフォルメも誇張もたくさんあると思う。おちょくってるように見えるけど、‘リスペクト’あふれてます。そして作者の想像だけでは描いてない。
関連書籍もかなり読んでらっしゃるようだし、現地取材も当然行っている。出来れば参考文献を全部リストアップして巻末資料として載せて欲しいものです。

普通の書店には無いかもしれないけど、規模の大きな書店のコミックコーナーならかなりの確率で置いてあると思います。アマゾンでも買えまっせ(私は殆どこっちで入手)。未読の方だまされたと思ってお試し下さい。

※神田・三省堂書店の歴史書籍コーナーで同作者の「冗談新選組」を見つけたときはさすがにちょっと驚いたsmile

| | コメント (3) | トラックバック (0)
|

2006年8月13日 (日)

ああ、おめでたい

Kawabuchi_2


NHKスペシャル「日中戦争 なぜ戦争は拡大したのか」を見た。

廬溝橋事件から日中戦争拡大の初期の段階で蒋介石の国民党軍がドイツの軍事援助を受けていたとは知らなかった。もちろん当時ドイツと日本は防共協定を結んでいたので、こんなこと公にできるわけない。ドイツとしては日本との友好関係は維持するが中国への援助も偽装できる限り行う−という方針だったそうだ。

ドイツの軍事顧問に訓練を受けた蒋介石直属の精鋭部隊が対日戦に投入されていた…ってことはつまり中国で日本軍は(ごく一部のエリアとは言え)ミニドイツ軍と戦争していたってこと?
それじゃあ簡単に終わらないのも無理ないじゃんって思ってしまうのだ。
当時の日本軍部には、中国軍は烏合の衆だから一撃で倒せる、なんて楽観的な見方が支配的だったというけど、それってやっぱりミニドイツ軍が中国にいるなんて考えてもいないから言えることなのでは??日本がドイツの極秘対中援助に気が付いていたとはとても思えない。
もっともドイツはその後早い時期に援助を打ち切ってしまったので問題にならなかった(しなかった?)のかもしれないけど。

自分にとって利益になるなら味方の敵にもこっそり援助する…現実の国際関係ってこんなもんよね。
最終的にソ連を倒さなければならない敵とみなしていたヒトラーのナチスが、反共の蒋介石国民党を援助するのは(日本に対する筋はともかく主義主張の面から考えれば)別にヘンなことではないし。

テーブルの上ではニコニコ握手していても、下では互いの足を蹴り合っているのが外交だと何かに書いてあったっけ。

私も大抵の人と同じく学校で日本の近現代史をまともにやらなかったから、いろいろ関連本を読んでみるのだけど、日露戦争以後の日本の歴史をみていると、戦争するにはほんっとにおめでたすぎるので情けなくなる。またひとつ、少し昔の日本のおめでたい話を聞いてしまったなぁと力が抜けましたよ。

※この時期にこういう話を書くとアラシがやってきそうでちょっとコワイ。ここは殆ど友人知人しか見に来ないブログだから考え過ぎと言われればそれまでだが、万一あきらかにアラシと思われるコメントでも来た日には即削除します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2006年8月 2日 (水)

幕末のドイツ人

幾つか下書きのままアップしてない記事があります。
この記事もW杯前に入力して未完のまま寝かせておいたもの。
ずっと蹴球ネタばかりだったので違う話もしたいから修正して公開します。でもやっぱりドイツ絡みなんだ(笑)。
***************************
明治以前に来日したドイツ人の中で一番有名なのは多分フォン・シーボルト。
シーボルトよりも早い時期に来日しているのがエンゲルベルト・ケンペル。この人は北ドイツ生まれの医者で、あの犬公方と会見し、‘卓越した名君’と絶賛したとか。一般的なイメージとは違う視点で綱吉さんを見ていたのだ。

余談ながら…元禄時代を舞台にした時代劇では、綱吉は史料に基づいた人物造型よりも、かなりの癖のある極端なキャラクターとして描かれることが多い気がする。そのような−人間よりもお犬大事の暗君−レッテルを貼られてしまった原因は何なのか興味あります。

当時日本は鎖国していて、唯一つきあっていた欧州の国はオランダだけ、と言ってオランダ船に乗って日本に来る欧州人がみんなオランダ人だったわけじゃない。出島にはオランダ人以外の欧州人もいて、欧州ではオランダ以外の国でも日本のことはそれなりに知られていたわけだから、やっぱり厳密な意味での‘鎖国’は不可能ということですね。

幕末になって開国すると、商人や領事館の通訳として来日するドイツ人が増える。この中で今一番個人的に興味あるのがブレーマーハーフェン出身の商人ヘンリー・シュネル。
(正しくはハインリヒだと思うが、日本の史料では主にヘンリー・スネルと表記されているらしい)
彼は日本人の妻を持ち、プロシア領事の通訳から会津候松平容保に仕えて日本名・平松武兵衛と名乗り、奥羽越列藩同盟の将軍となり、長岡藩の河合継之助とともに活躍する。奥羽越列藩同盟ではカリスマ的存在だったともいう。
いーなー、面白いドラマが作れそう!

去年から今年にかけての‘日本におけるドイツ年’を記念して、シュネル将軍の物語を単発スペシャルドラマにしてやろうという企画は浮かばなかったのかなぁ…日本人の大好きなキャラ続々の幕末大河ドラマができるのに。なんかもったいない。
私も「榎本武揚から世界史が見える」を読むまでシュネルのことは殆ど知らなかったのでエラそーなことは言えないけど。
同書で言及されている『ドイツ人は北海道を植民地にしたかった』件は、日本で一番気候風土がドイツに近い土地=北海道と思っている私にはとても納得できる話だった。本気でドイツが北海道を植民地にしていたら、日本の歴史はまたずいぶん変わっていただろうな…

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|